ヨガを始めたきっかけ②

・(音楽と離れて再びヨガと出会う)


お久しぶりの
なんでヨガ始めたの?シリーズ
第2弾です😌

音楽大学の実技試験の後、からのお話です。

私は実技試験の前日
ほとんど練習もせずに
河原だったか、原っぱだったか
記憶は定かではありませんが
とにかく広い、自然溢れる場所へ
連れて行ってもらいました。

暗いお部屋で過ごす毎日で
夕方だったけれど
そこは
すごく明るくて、空気が澄んでいて
でんぐり返しして、はしゃぐ人を見て
笑ってました。

試験の日、
試験官と先輩後輩の前に立ったら
どうでもいいや、なのか
どうにでもなれ、なのか
そういう言葉と共に
何かをポイっと捨てた気がします。


見栄のようなものを捨てました。


退学がしたい、というより
とにかくそういう環境から
抜け出したかった。
だから、退学したいと母に話しました。
何度も何度も言いました。

最初は
もう取らなきゃいけない単位も少ないし
あと1年じゃない、がんばりなよ。応援するよ
の連続でした。

母は幼稚園から大学まで
全て皆勤賞をとるほど
学校が大好きだったようで
私が、そんなことを言っても
理解してもらえませんでした。
母は退学を考えたことも、
経験したことも無いので
仕方ないといえば仕方ない感じでした。

母と揉めてるころ
パニックと不眠とで
起伏の激しい生活になりつつあったので
私は初めて
精神科、心療内科を受診しました。

最初に行った病院は
とても評判のいいところでした。
でも、話していると
次から次へと看護師さんが
私の次の患者さんのカルテを先生の横へ
山積みにしていくのがわかりました。
あぁ、そんなに待たせてるんだ。と
積み上がるたびに感じました。

感じた時には次の人に悪いからと
話すのをやめてました。

そして先生が
躁鬱病とパニック症ですね、と診断し
薬が処方されました。

病気なら仕方ないと
休学という
母と私の間の結果になりました。


私は病気になったのでしょうか?
病名をつけて欲しかったのかもしれません。
やはりここでも
誰かにかまって欲しかった、
多分、いや
母に気にかけて欲しかった、んだと思います。


毎日薬を飲んで精神を安定させなければ
みんなに迷惑をかけないようにしなければ
と常に考えて

過呼吸になったら薬を。
眠くなるように薬を。
と、飲み続けました。

ですが飲んでも

まったく良くならない。
むしろ心はどんどん暗くなりました。


そこで
カウンセリング、に通い始めました。
予約制で何時までは話して良い。と言う形だったので
時間まではたくさん話しました。
あれは一つの自分の内観する時間だったと振り返ります。




なぜ、音楽から離れたくなったのか
一つ一つ自問自答して
第三者のように自分を客観視しました。
自己啓発のような前向きの本も沢山読みました。

ふと
このままではいけない、
と気づきました。

働こう。と


そして毎日ほとんど家で
過ごしていた私が選んだ仕事が

ホットヨガスタジオのフロントスタッフでした。

音楽と離れて
音楽のない世界で生活して
またヨガに出会うまではこんな感じです。



続きはまた今度のんびりと。

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